観光バスの最新機能とは

「僕らにとってトヨタは地元企業。 これからさらに世代が変わっても変わらないと思う」写真は左から父のY茂さん、長男のNさん、二男の博之さん、祖父のTさん=燃料タンクを車の下から組み付ける手元を、床に無駄なく埋め込んだライトが照らす。
集中管理の無人搬送機が部品を手際よく補給していく。 二○○五年九月に生産を始めたトヨタ自動車九州(トヨタ九州、福岡県宮若市)の第二工場には、トヨタの生産技術の粋を集めた。
最高級ブランド「レクサス」のセダンニ車種を手がける。 IT(情報技術)を駆使した品質・管理システムは、ボルトの締め付け具合を一本ずつ把握して記録を残す徹底ぶり。
金属がぶつかる音はほとんど聞かれず、オフィス並みの静かさだ。 隣接の第一工場はスポーッタイプ多目的車(SUV)「ハリァー」「クルーガー」を生産。
両工場で年間四十三万台を造ることができ、トヨタとして最大級になった。 静かなレクサスの製造ライン。

床に埋め込まれたライトが手元を照らす=福岡県宮若市のトヨタ自動車九州第二工場でトヨタで九州進出が浮上したのは、バブル景気に沸いた一九八○年代後半。 本社と工場が集中する愛知での人手と工場用地の不足は深刻で、海外は別に初めて愛知以外の工場建設に踏み切った。
ところが、完成した九二年にはバブルが崩壊していた。 造り出した高級志向のセダン「マーク」の販売は伸び悩み、工場の能力を使い切れずにいた。
「九州は失敗していた。 造を使い切れずにいた。
「九州は」。 そんな声がトヨタ社内で漏れ始めた。
トヨタの100%子会社とはいえ、収益悪化は存続にかかわる。 トヨタ九州は、売れてもうかる看板車種の生産を切望した。
実現への近道は、愛知の工場を超える車造り。 そのための品質確保には、従業員の技術を磨くことが最大の課題となった。
あわせトヨタ本体から転籍した九州出身者たち。 当時、トヨタの工場従業員のうち四分の一近くが九州から来ていた。

Uターン話に、故郷の親を気遣う者など二千人を超える九州人が応募。 選ばれたのは、七百人だった。
福岡市出身の栄洋一は、愛知県豊田市内に購入したばかりのマンションを売り、十八年間勤めた主力の元町工場(同市)を後に。 社内結婚の妻も九州出身で転籍を歓迎した。
「故郷に戻るからには、工場を絶対成功させなければならない」。 車に部品を組み付ける作業を、地元の高校新卒者を中心とする約千二百人の第一期生に手を取り教え込んだ。
「粘り強さ」。

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